小説ディクシャ

シルバー・コード

 魂と肉体を繋いでいるシルバー・コードが切れると、あたかも糸の切れた凧のように人は彼岸に逝くといわれている。
  話は丁度六年ばかりの旧サティアローカのゴールデン・ロックに遡る。ナンディ氏にガイドされてサダマシニ師からカルキ・ダルマの話しを拝聴した後、こう言われた。「あなたは人の本を出していますが、何年か後にきっと自分の体験談を書くことになります」と。
  そのとき、自分がまさか体験談ごときを書くことになるとは夢想だにしなかったので、「そうですか」と軽く聞き流していたが、今こうして小説もどきの体験談を書いていると、なぜかシルバー・コードが繋がっているかのように思われ、感慨深いものがある。

ジャムウ探検隊

 山並みを眺めながら朝食前にチンタラヨガをやるのが巫山の日課である。長いこと、こうしてチンタラヨガを二〇分ばかりやっては腸の調子を整えて、生き長らえてきたのだ。生き長らえるためのもう一つの秘法は、鬱金を常飲していることだ。
  鬱金とターメリックは同じではない。もともと分類学上の種類が違う。鬱金は熱帯アジアに生育するショウガの仲間というよりはその親玉であると言った方がよ い。ターメリックはインド亜大陸に生育し、外用、殺菌などに用いるが、鬱金は消化器系に著効があり内服する。どちらかというと、性質はガジュツに近い。ク スリ鬱金、ムラサキ鬱金、バン鬱金、トゥムゥ・ギリンなど多くの種類の鬱金が存する。鬱金は生命の素であり、神が与えた賜うた薬草である。太陽光の如く、 大日如来の光輝の如く鬱金は黄金色に輝いている。
  巷に言う春鬱金、秋鬱金なるものは植物分類学上存しない。花の咲く季節が違うからそう名付けたのだろうが、どうもゼニ稼ぎの臭いがする。
  ジャムウは母親と娘が造る。ばあさんは呪文を唱えながらもっぱら治療に専念している。三〇センチもあろうかという大きな下ろし金で鬱金を何十個もすり下ろ し、手で搾って金盥(たらい)に落とす。ナツメグも同じようにすり下ろす。見ていても重労働である。ラギ、タマリンド、塩などを加え攪拌して出来上がる。 出来上がったジャムウは荷車で朝市に持って行って売り捌く。
  二度目のジャムウ探検隊のときだった。ホテルのエアコンが一晩中うーん、うーんと 唸っていた。お陰で巫山は風邪を召し発熱した。足の裏まで熱い。熱射されたバリ・ブサキ寺院の石段の熱がそのまま足の裏に伝わってくる。まるで日輪を踏ん でいるかのようだ。あちこちで灼熱の蜃気楼が立ち昇っている。暑い。慌てて持参した葛根湯を大量に服用したが一向に解熱しない。ジャムウおばさんの家で風 邪のジャムウを作ってもらい一気に飲み干し、ホテルで一睡すると熱は引いた。ジャムウは効く。葛根湯なんぞ足下にも及ばない。
  jahe (トゥムゥ・ギリン)とkencur(バンウコン)にタマリンドを加え、最後にラギ(古米)と塩を入れてよく攪拌すると風邪の特効薬が出来上がる。
  ジャムウは母親から娘へと口伝で伝えられてきた伝統医学である。ジャムウ造りも治療もみんな女がやる。初潮から閉経まで女性専科のジャムウが揃っている。男は全く持って埒外なのだ。
  ところで沖縄の鬱金(うっちん)は効用が甘い。ジャムウの鬱金は熱帯の陽射しのように強烈な辛さと苦みを伴うが、良く効く。胃腸にビリビリとくる。そのため人々は通常、MADU、つまり蜂蜜をかけて飲んでいる。町のジャムウ屋の店先には蜂がわんさと群がっている。
  こうした風情も近代化の波に飲み込まれようとしている。インドネシアやインドでは糖尿病患者が幾何学的に増大しつつあるという。若者達は競って伝統食をやめ、ファーストフードに走っている。摂取された砂糖は浄化されず、ランゲルハンス島からインシュリンが消えていく。
  食のグローバル化の近未来像である。

グルが眉間に宿る

 何処からともなく一陣の風が吹いてきた。また巫山の左腕に痺れがつーと走った。アンマとバガヴァンのお出ましだ。
  いつだってお出でになるときは左腕が痺れ、胸のあたりが重くなってピクリピクリと痙攣するものだ。
   「アンマ、バガヴァン、左腕の痺れを今すぐ取ってください」
   いつも彼らにお願いすればすぐに飛んできて症状を取ってくれるのになぜかこればかりはだめだった。
  巫山は仕方なく聞きかじりの整体知識を動員して膏肓を刺戟したり、頸椎の神経圧迫をとったり、腕神経叢をいじくり回したり、胸椎を開いてみたりして「頸肩腕症候群」を治そうとしたが、治る様子は全然なかった。
  しばらくすると、痺れはやんで、眉間にアンマとバガヴァンが坐しているのが見える。
  「意識が高まるとグルが眉間に宿るようになる」、ヨガの本にはそう書いてある。自己修行では眉間が赤く腫れ陥没しただけで、グルが眉間に宿るようなことは一度もなかった。
  頭頂に意識を転ずると、同じように坐しており、なんと頭頂から爪先まで全身至るところにアンマとバガヴァンのシュルムリティがフジツボのようにびっしりと張り付いているではないか。さながら全身シュルムリティの入れ墨だ。
  「絶対に消えませんように」、合掌の手に思わず力が入る。如意宝珠をしっかり抱きかかえるが如く全身全霊をこめて祈る。
  ダサジーアガスティヤル「グループで輪になって相互にディクシャをしてください」
  一〇人ほどで相互ディクシャが始まった。何人目かに巫山の頭に手が載った。すると全身のシュルムリティは跡形もなく消えてしまった。どこを探してもいないのだ。「なぜなんだ?シャワーも控えようと思っていたのに」黄梁一炊の夢か、巫山はどーと落ち込んだ。
  アンマとバガヴァンが七つのチャクラにお坐りになっておられたのは、帰国後わずか半年ぐらいである。今では巫山の眉間も頭頂もすっかり゛肉″が抜け落ちてしまっていて、誰も坐る場所がない。
  さらに巫山はこんな体験もした。ワラディクシャの後ことであった。突然、アンマとバガヴァンが祭壇のどでかいパネルをバーンと蹴破ってパネルの大きさのま ま身体に飛び込んで来た。その有様はまさに修験道そのものだ。巫山が役行者を選択することを知ってか、対象者の意識とパラレルになってエネルギーがやって 来る。そしてパネルには誰もいなくなった。


  修験道では宮司が祝詞を上げるが如く『仏説摩訶般若波羅蜜多心経』を唱える。
  護摩の皐月に塩が振られると、天井を焦がすかのように一際大きな炎が立ち昇る。ぶおっと釜が鳴り響く。炊きたての米の何とも言えない匂いが鼻腔をつつく。 袈裟が激しく揺れ印が次々と組まれる。腹腔からぎゅっと絞り出すかのようにマントラが唱えられ、それらが渾然一体となって倍音のように見ている者の腹底に 響く。
  観自在菩薩  行深般若波羅蜜多時  照見五蘊皆空 度一切苦厄
  羯諦 羯諦 波羅羯諦  波羅僧羯諦  菩提薩婆訶  般若心経 

ワンネス・ユニヴァーシティの沈黙

 南インドのチェンナイから車を飛ばして三時間ほどの、ここワンネス・ユニヴァーシティのある小さな村、アーンドラ・プラデーシュ州のワラダイアパレム は、稲を植えたばかりの青々とした水田と牛の放牧地が点在する長閑な農村地帯である。朝の宿舎の屋上からは低く連なる山並みが澄んだ空気を通して絵はがき のようにクッキリと見える。一筋の煙が立ちのぼっている。古代から変わらぬいつもの朝がやってきたのだ。
  チェンナイの喧噪の朝とは大違いだ。ピピピピ、ブー、ギィー、車の苛立つような警笛と人々の甲高い喧噪が入り混じって一種のざわめきとなって投宿の安ホテルに響いてくる。
  ワンネス・ユニヴァーシティの裏門は年代物で赤く錆びついてはいるが、分厚い頑丈な鉄の扉でできている。夜間は閉まるが、昼間は僅かに開いている。
  「買い物はしないでください。コースが終わったらお店を出しますから」
  そんなアナウンスを無視して受講生たちはコースの合間を縫って、扉をそっと開けて潜り抜けるようにして外に出る。畦道を踏みしめながらゾロゾロと列をなしてサティア・ローカの売店を目指す。売店にはパンジャブからアイスクリームまで何でも所狭しとならんでいる。
  そんな彼らの背中を十二月の午後の陽が柔らかく射る。しかし、まだかなり暑い。ときおり微風がやって来ては牛糞の臭いを運んでくる。ベットリとシャツに張りついた汗に牛糞の臭いが混じり、ムッと鼻をつく。
  微風が巫山の心をすーと吹き抜けさまざまな想いがシャボン玉のようにふわりと飛んでゆく。からだが軽くなった。
  「ここには蒼い空と心地よい風以外には何もない、そう、何もないのだ。悟りたいという想いも、霊性を高めたいという想いもないのだ」
  「瞑想は人間だけがする行為だ。動植物は瞑想はしない。存在そのものが瞑想状態であるからだ。瞑想して、瞑想して、自他との障壁が身丈を越えてゆく」。
  「瞑想とは何もないことなのだ。人が瞑想と口を滑らした途端、マインドが介入し、自然から乖離してしまい、XX瞑想、YY瞑想と終わりなきおしゃべりがずっと続いてゆくのだ」
  二〇〇一年一〇月のインドでの修養会の何日目かのことであった。前回の修養会の際に『沈黙の聖者・ラマナ・マハリシ』をラクシュミー師に寄贈したことも あってか、ダサジーサラスヴァティーのサティヤローカでの居所で、ラマナ・マハリシの世界を体験させてもらったことがあった。
  「今からラマナ・マハリシの世界を体験させてあげます。シャバ・アーサナになってください」
  「オーム、サッーチナンダ、パラアートマー、シュリヴァガバティ、サメーター----」
  ダサジーサラスヴァティーがシュルムリティに向かって合掌する。当時ディクシャはない。シュルムリティを通してエネルギーがやって来るだけであった。
  窓外で鳥がチチッ、チチッと囀っている。シャバ・アーサナに西陽が長い影を落とす。エネルギーがスー、スーと何処からか入ってくるようだ。
「きっと、霊的世界の幾層にも連なった目眩く全景【パノラマ】を見せてくれるに違いない」そう巫山は確信していた。しかし、期待に反して全景【パノラマ】は何も顕れなかった。
  それはまごうことなき何もない世界、風がそよぎ、木々の梢がサラサラと鳴り、鳥たちが囀っている、自然そのものの世界であった。
  「沈黙とはこういうことなのか、沈黙とは単に喋らないことではないのだ」
  書物の知識が崩壊していった。巫山は一瞬何かが心の襞に触れたような気がした。

ガネーシャが歩いている

 インド到着の翌日十二月五日、マハー・ガナパティホーマーがサティアローカ・で始まった。悟りの障害を取り除く儀式である。炉の周囲は煉瓦で囲まれ、ボ ディに何やら赤くヤントラ? が描かれた二個のココナツが、ベベを着せられて坐している。供物が捧げられダサジーによってマントラが殷々と詠唱される。ち らちらと燃えていた枝木にギーが注がれると、火は一挙に大きく燃え上がる。火はすべての神と願い事の仲介者だ。鳥が羽根をばたつかせ、キーッと甲高く鳴き 叫び、呼応するが如くざわっと音を立てて周囲の樹木が反り返る。「毎朝のムーラ・マントラに雀が五月蠅く鳴いていたな----」。
  やがて周囲がうそのように静まりかえると、小さなガネーシャが隊列を組んで蟻のようにゾロゾロ歩いている。巫山は何度も目を擦った。しかし、ガネーシャは視界から消えることはなかった。こうしてインドでの長い一日は始まった。
  何回かのホーマーの後、十二月九日に待ちに待った第一回目のディクシャがやって来た。
  「真実の自分を見つめる、ありのままの自分を体験する」というのがテーマだった。ディクシャの前の講義中に幽体離脱? し、天井に目ん玉が飛んでじっと下界を見下ろしていた。肉体は咆吼する陰獣と化して、己自身は名前のみになっていた。
  かつて「私は誰か」という瞑想を何回か試みたことがあった。そのとき、肉体と意識の明らかな分離感が生じるのを感じたが、今回のように天井に目ん玉が飛ぶような体験はなかった。やがて来たるべき体験の予感を孕んでいたのだろうか。
  ディクシャ後、巫山は何も体験がなかった。マインドが鬼火のように立ちのぼり、ぱあっと点火される。
  「二十一日間何も体験がないかも知れないが、仕方がないや。自分はこのダルマ、内を見ることに向いていないからなあ」
  「理由があってのことだろう、まあ、気長に待つより他はないな」。言葉とは裏腹に巫山は焦心していた。

ディクシャでぐっすりお休み

 十二月十五日、潜在意識(無意識層)の浄化の第五回目のディクシャである。
  「マインドは潜在意識に支配されています。人生は潜在意識に支配されています。人はマインドを変えることができません」
  マインドの講義が続く。
  「みなさん、体験できましたか。ビジョンがなくても体験はあります。考え方、感情等として体験されます。マインドは恐れからきています。マインドそのもの が葛藤です。愛と憎しみという相反する二つの性質を持っているからです。みなさんはマインドをコントロールすることはできませんし、変えることもできませ ん。変えようとする努力そのものが葛藤を生みます。また出て行けと言っても出ていきません。個人の、自分のマインドというものはありません。太古から蓄積 されてきた人類共通のワンマインドがあるのみです。恩寵のみがマインドに静謐をもたらします」
  「愛とか慈悲は想いとか考えにあるのではなく、コンシャスネス、つまり意識にあります」
  「変えようとしないで、そのままの自分でいることが悟りを与えられる条件です。マインドのゲームを見ていてください。体験することによりマインドの影響が少なくなります。マインドを二十四時間中目撃できるようになりますと、意識されたマインドとなります」
  「想念は悟った人にも来ますが、マインドの動きは止んでいるためただ想念だけがやって来ます。そこでは想念についてのあれこれの解説はありません。悟りとは、生命そのものを生きることです。対象そのものに成りきることです」 

「マ インドは思考層の中にあります。アジュナーチャクラにやって来て、後頭部のビンドゥチャクラから出ていきます。マインドはONE意識です。マインドはすべ てに意味づけをします。マインドは流れです。想念のつながった集合体、鉄鎖のリングです。流れはやがて去っていきます。マインドをそのままにしておいてく ださい。痛いところに注意を向ければいろんな感情が沸き出てきます」 

  バガヴァンがマインドを車のクラッチを操作するようにON、OFと切り替え、マインドがONになっているのを見せる。マインド人間の巫山にはマインドを切り替えると、心がどういう状況になるのかさっぱり分からなかった。

  ディクシャ前、シャバ・アーサナになる。
  「アンマ、バガヴァン、今すぐ潜在意識(無意識層)に隠した嫌なもの、表に出したくないものを見せて下さい、体験させて下さい」
  しばらくすると、突然黒っぽいものが胸のあたりに覆い被さるようにやって来て圧を感じた。ディクシャ後、不覚にもぐっすり寝込んでしまった。
  夜七時、バガヴァンのダルシャンがあった。
  質問「私は誰ですか」
  答え「質問そのものがあなたです。質問しなくなればあなたという存在はなくなります」
  「うん、面白いことを言うな、バガヴァンは頭が切れるな」巫山はご満悦であった。

  十二月十七日、「あなたは存在するが、存在しません」という第六回目のディクシャである。
  「あなたの苦しみはあなたの苦しみではありません。ONE苦しみです。自分が存在していると言うことは概念に過ぎません。自分というものはプロセスの集合体であり、あなた自身はプロセスに他なりません」。
  「あなたという実体があるわけではありません。肉体が体験している人格だけがあります。人生の体験を記憶化している人格の集合体があるだけです。もちろん 過去生で形成されたものもあります。マインドに貯蔵していたものが一つ一つ出て、形をとったのが人格といえます。人は人格によって自分がそこに存在してい ると錯覚しています。存在するという感覚が苦しみなのです」
  「あなたはエンプテイ【空】であり、マヤ【幻影】であり、イリュージョン【錯覚】なのです」

  ディクシャ前に、ちらっとアンマとバガヴァンのもとへ入っていったような気がした。ディクシャ後、また、寝かされてしまった。あきらめの気持が頭を持ち上げる。自分には向いていないのではないかとの想いがふつふつと湧いてくる。

  十二月十八日リアリテイの体験の第七回目のディクシャである。
  ダーサジーミナクシーはリアリテイを体験すると、どのようになるかを順を追って簡潔にしゃべった。
  第一にすべての出来事が瞑想になります。そして全宇宙を夢として体験します。第二に物理的な宇宙は絶対でないということ、もう一つの非物理的な世界を体験 し、自分が全宇宙となります。次に全宇宙はすべてエンプテイ[空]てあると感じられます。そうしますと、マインドの介入なしに他人と関わることができ、そ こには人格は存在しますが、自分という人物はいなくなります。やがて自分の感情は自分のものではなく、自分がない状態、つまり体験する主体がない状態が やって来ます。内も外も静寂な状態が訪れ、歓喜がやって来て愛が湧き出てくる状態になります。
  講義中にダーサジーミナクシーが右腹部に入ってきた。なぜか眉間が長方形の箱になった。
  ディクシャ後、エネルギーは相当きているが、映像がなかなか来ない。今か今かと待っている内にまた、寝かされてしまった。
  グループミーティングでのダーサジーアガスティヤルの言。
  「寝てはいけないと注意するのは間違っています。必要だから、疲れているから寝るのです。寝ていてもプロセスは進んでいます。二十四時間寝ていれば最高です」。
  巫山は何だか悟ったような気分になった。また゛自己チュウ″が頭を持ち上げた。からだの中が空っぽの感覚がする。

十二月十九日第八回目のディクシャ、渇望という苦しみからの解放がテーマである。
  バガヴァン「渇望と願望は違います。それはブッダの言葉を間違って翻訳したからです」。
  ディクシャ前、ピカピカいうフラッシュを十五回以上体験する。ディクシャ後、白い羽織の様なものがふわっとおりてきた。しばらくたって塵収集車の開閉扉のような黒いものが見えて来た。そしてまた、寝かされてしまった。

経済的苦境

 「いつもと違って今日は腸の調子がいいぞ。お二人にお願いしたお陰かな」巫山は独りごちた。
  自己治療で治した腸閉塞の軽い後遺症が尾を引いて いるためだった。腸閉塞の直接の原因はバブル期の購入した投資用マンションにあった。その一年後にバブルが崩壊して、物件の共有者でありそれを勧めた従兄弟がある日突然失踪した。勤めていた不動産会社が潰れたのだ。客の苦情もしこたま抱えての失踪だった。携帯電話はプッツリ切れていた。連絡の手立てがな い。物件を売ろうとしても共有者のハンコがなければに売ることはできなかった。こうしてローンと残債が巫山の肩にもろにかかってきた。決まって月末に督促 が来た。長い長いダークナイトが始まった。恐れが影のようにもいつもぴったりと随伴してきた。そして何年か前に競売が終わった。残債は殆ど減らなかった。
  よくしたもので、インドへ発つ数日前、債権ファインドの者が来訪した。
  「××××××××万円でいいですから来月振り込んでください」
  「弁護士に相談してみますから」残債を抱えての二十一日間コースであった。

  ダサジーアガスティヤル「父親との関係がうまくいかないと経済的苦境に陥ります。母親との場合は精神的苦しみがきます」
  それを聞いたとき、巫山は「何を当たり前のことを言っているんだ。父親との関係性云々は男社会だから金銭に纏わるのは当然のことだろう」と心の中でちっと舌打ちしたものだ。そのうち父親との関係性は単に社会性の問題でないことにようやく気が付いた。
  「アンマ、バガヴァン、今すぐこれこれの経済的苦境を救ってください」もちろんワラディクシヤにも書いた。 

  ある年のインド修養会でのダルシャンである。
  バガヴァン「世界各国から経済的苦境を抱えてにダルシャンに見える経済人の方に、私はいつもこう言っています。
  最悪の事態をイメージしてください。そしてそれを体験してください。そうすれば経済的苦しみはなくなります」
  巫山は早速、街路樹の下に掘っ建て小屋を建てて生活している貧しいインド人の中へ入っていった。何のためらいも違和感もなかった。゛賤民″に身を落としたという感覚もなかった。
  一生懸命家事の手伝いや子供の世話をした。そして着の身着のままでぐっすりと街路樹の下で寝た。寒くはなかった。
  「うん、もう何が来たって大丈夫だ」

サーカス人生を体験する

 十二月一〇日、第二回目のディクシャが始まった。
  第一のテーマは個人の結論付けのパターンを体験するということだった。第二はそのうえで、誕生時の神との古い契約を破棄し、新しい契約を交わすというテーマだった。
  胎内体験、幼児体験など四つのバスケットが結論付けの源泉であること、そして人は誕生時、神より三分間己の人生の映像を見せられ、納得して(契約を交わして)その通りの人生を送ると、大柄なダーサジーが熱演した。
  ディクシャ前のシャバ・アーサナで、黒いトタンに小さな穴が開いている映像が見えてきた。
  巫山「これは何ですか」
  ダーサジーアガスティヤル「マインドの壁に穴を開けるのが、ディクシャです」
  ディクシャ後、バルコニーの先端に自分がいるのが見える。あっという間にバルコニーの先端が崩れ落ち、危うく難を逃れる。眼下には激流が滔々と流れている。断崖絶壁である。己の今までのサーカス人生を体験させられる。
  「古い契約を破棄し、新しい契約を交わして下さい」
  何の返事も帰って来ない。やがて免状用紙のような黄色の用紙に薄い墨で書かれた生まれるときの証文(契約書)の映像が現れた。だが、その内容は見せてもらえず過去生も出てこなかった。頭部が二度蓮の花のような感じで開きフラッシュした。
  「誕生時の神との古い契約を破棄し、新しい契約を交わす」というディクシャは、今ではアカシック・レコードの書き換えというアイテムで行われており、結構 人気を呼んでいる。アカシック・レコードが太陽系の何処にあるのか、金星の軌道上、天王星、地球惑星など諸説入り乱れている。
  「アンマ、バガヴァン、アカシック・レコード(閻魔帳)の在処を教えてください」
   閻魔帳は地球磁場の消失とともに潰えるものなのか、想念層とリンクしているのか、まるで分からない。巫山に宇宙メンタル体が見える能力があればそんなことは瞬時に氷解するが、地上生活を終えてもそんな能力なんぞは付いては来るまい。

一つ目小僧が構内を歩いている 

 「私の体は私の体ではありません。人間は自分の肉体をコントロールすることはできません。肉体は高度の智慧によってできている別の生命体です」
  講義は続いた。肉体、精神体の浄化のディクシャだった。第三回目(十二月十一日)のディクシャが始まった。
  ディクシャ後随分時間がたってから、一つ目小僧が構内を歩いている映像が見えてきた。アジュナーチャクラにエネルギーが集中し始め、額全体が自然に開いて いった。自己修行ではなかなかこうはいかなかった。アジュナー・チャクラに圧がかかるのみであった。集中しても何もないのが正解である。チャクラに皮膚や 肉はないのだ。
  「新しい脳と新しいハートに取り替えて下さい」
  ココナツのような白いものを大きな柄杓で掬っている映像と新しい白い作務衣が映し出された。やがて尾てい骨にエネルギーが集中してきた。新しい脳とハートがもらえたのだろうか。
  左手の痺れが強くなってきた。左胸が重く胸間の筋がピクリ、ピクリと波動する。太い筋が走っているような感覚がある。
  アンマとバガヴァンと一層緊密になった感じがした。「今日は大変楽しかった」、巫山は体験集にそう記した。

仲里誠桔と神智学運動

 第二回目のバガヴァン・ダルシャンが始まった。
  バガヴァン「クリシュナムリティにはマイトレーヤが降下しました」
  巫山はとっさに神智学運動の何たるかを悟った気がした。
  「うん、そうなのか。だからキリスト・マイトレーヤなんだ」
  巫山が神智学運動に入るきっかけとなったのは、今から十五年以上前に『キリストのヨーガ』の出版を故仲里誠桔先生から依頼されたことであった。霞ヶ関書房が新刊を出さないとのことでさる知り合いを通じて原稿が回ってきた。
  巫山はお世辞にもきれいとは言い難い手書きのきたない原稿を整理して、不明な箇所、風通しの悪い箇所等を指摘した校正原稿を郵送した。「何を編集者の分際 で」という返事が返ってくるのではないかと思いきや、案に反して「ご指摘はもっともです。今まで、『先生のおっしゃるとおりです』からといって何一つ校正 原稿らしきものは来ませんでした。こんなことは初めてです。小生はいい編集者に巡り会えて幸せです」とおっしゃっていただいた。那覇のハーバービューホテ ルで最初にお会いしたときのことが脳裏に浮かぶ。先生と並んで撮った写真が懐かしい。
  「本は読者に感動を与えなければなりません。翻訳は国語力です」
  先生はいつも口を酸っぱくしておっしゃっていた。
  中学の英語教師であり、かつて沖縄臨時政府の翻訳課長を務められた先生の英語力は一般的アメリカ人を遙かに凌駕していた。先生の端正な容姿がそのまま英語になったようであった。
  漢文の素養をふんだんに鏤められた文章は、言いしれぬ感動を呼んで正しく言霊そのものであった。その秘密は夏目漱石にあったようだ。
  「親父は夏目漱石で文体を勉強したんだ。今でも漱石の全集がどさっと我が家に積んであって処分に困っています」
  「ドストエフスキーは潔癖性の親父には合わなかったのでしょう。トルストイを読め読めとしつこく言われました」そんな話をご子息から赤提灯で何回も聞いた。
  仲里誠桔という求道者の姿を見た想いがした。
  「二度と仲里誠桔のような翻訳者は出てこない」巫山はいつもそう思いながら、最終巻である『神智学大要第五巻「太陽系」下巻』の最終校を印刷所に突っ込んでインドへやって来たのだ。
  「コースが始まる頃には刊行されて、予約者の手元には届いているだろう。これでもう自分の役割が終わったのだ」巫山は独りごちた。

  巫山にとってインドはサティア・ローカのダルシャンツアー以来四年ぶりであった。三鷹の事務所も引き払われて、カルキの運動は低迷していた。アマチの会場に顔を出すと、きまってカルキの連中が屯していた。ムルガン氏が菓子折を下げて会社に訪れたのを今でも想い出す。
  「お世話になりました」
  「そんなこと言わずに、今までの運動を総括して頑張ったらいかがですか」
  昔日の感がする。
  その間、巫山は伝統医学にかまけて内モンゴルやジャワ、バリ島などに遊んだ。旧市街地の市場近くにあるモンゴル医学の診療所での治療体験、シャーマン・ ボーの招神の儀と病気治し、今にもジンギスハンの騎馬隊が地平線から現れそうな内モンゴル・ハイラールの高原、そのゲルで羊を一頭捌いての饗宴、なぜかそ のとき巫山は捌かれる羊の眼に仲里先生の気配を感じた。木内はテリグリを纏ってモンゴル人たちと楽しそうに踊っている。九月の初めであった。モンゴルの大 地は少しずつ冷え込んでいた。

「さまざまなクエッションが止めなく湧き上がってくる。骨折が命取りになったとのことであるが、前立腺の手 術も結果良好で、退院許可が出ておりながらなにゆえトイレへ行く途中転倒して骨折せねばならないのか? なにゆえジュアルクールは助けないのか。なにゆえ 本人の欣求--『神智学大要』のコーザル体が刊行されたら東京で講演会をやりたい。神智学大要が終わったら『コズミック・ファイアー』の要約書を書きたい |--を叶えてやらないのか。なにゆえ近しい人を長期間海外へ追いやり、容態の情報を聞けなくしたのか。なにゆえ前立腺の手術は取るに足らないとの意識を 入魂したのか。前立腺の手術が必要不可欠でなかったにもかかわらず、なにゆえ手術をしたのか-----------」(とんぱ五号編集後記)。

  帰国してすぐに泊のお宅に電話を入れたが、すでにスパゲティ症候群であった。久高島の高位のユタさんが入院されているとの噂の泉崎病院であった。享年八十 三歳。極端な正食が片肺、片目、片耳の体を無理強いしたらしい。豆腐も口にされなかったと聞いている。「仕事をさせたから早く逝ってしまわれたのか」そん な自責の念が過ぎる。ちょうど改訳決定版の『神智学大要』第三巻の下の校正原稿が終わっていた。「四巻以降は戴いている赤字だけでやっていくしかないな。 もうキャッチボールはできないからなあ」。
  巫山「先生、これはどういう意味ですか。これじゃあ、読者に分かりませんよ。それから差別用語がたくさん出てきますが、いいんですか」
  先生「そうですね。早速、原文を調べてみます。けむじゃらのアイヌはやめた方がいいでしょう」

  人は役割を終えると地上生活に別れを告げると言われているが、仕事半ばで彼岸に行かねばならなかった先生は断腸の想いであったに相違ない。ジュアルクールはなぜ助けないのか。黒色同胞団に肉体を拉致されたのだと巫山はずっと悔しがった。
  「泊のお宅にはクレームさんの絵が掛かっていたな。いつぞやその絵から風が吹いていたっけ、あれは二度目の久高島行きの折りにお邪魔したときだったな」懐かしい想いがふつふつと湧いてくる。

  その日のことを今でも鮮やかに想い出す。巫山の歯はなぜか先生の本を出す度に一本一本なくなっていくのであった。そんなわけでこの日も歯の治療にお茶の水までやって来ていた。そして朝十一時時頃、歯の治療中にふと荒々しい波動が止んだ。お別れであった。
  それから那覇で偲ぶ会をやり、東京で一周忌とバタバタと日は過ぎていった。
  ようやくにして一昨年五月、墓参に来ることができた。時折灰色の雲塊が来たかと思うと、パラッと、雨を落としてゆく。墓はマンションの隣にある。本土のよ うに忌み嫌って寺院や霊園などに建てはしない。生者と死者はいつも一緒なのだ。線香が三本ずつ両端に立てられる。内地の拝み屋さんは三本線香を嫌う。動物 霊や呪詛を祓う儀式に用いているからだという話もあるようだ。
  「お父さん、巫山さんご夫妻が来ましたよ」いつものように奥様が耳の遠かった先生に聞こえるように大声で呼びかけている。巫山は先生の無念さを考えると正面切って「先生、やって来ましたよ」とも言えず、どう言ったらいいのか戸惑いを覚える。
  やりたくないが、一瞬意識を集中する。先生がふわっとやって来た。どうも長居しそうなので、「また来ますから」と言って慌てて手を合わせ墓参をすまし、首 里のご自宅に寄る。自宅からは首里の裏門がすぐそこである。裏門の前の小高い丘は今では公園になっていて、そこには琉球王朝の尚氏一族が祀られている礼拝 所が点在している。巫山は挨拶もせずに、真っ正面から写真を撮った。たかだか尚氏だから挨拶の必要もあるまいと思ってのことだった。。帰りの車の中でどう しても目が開かないのだ。とっさにやられたと思った。「すいません」と礼拝所に向かって窓越しに小さく頭を下げた。幸い運転手は巫山でなかった。
  「お父さん、巫山さんご夫妻が来ましたよ」と奥様は仏壇に向かってまた大声で呼ぶ。

右手を挙げるバガヴァン

 十二月十三日、第四回目のディクシャは願望成就のワラディクシャである。
  会社は何とか廻ってはいたが、書籍の売り上げは相も変わらずよくはなかった。
  「年商を一〇億円にして下さい」巫山は井の一番に配布された用紙に書き込んで渡した。
  かつてサティアローカでバガヴァンから直接言われたことがあった。
  「あなた方は億万長者に成れます。ただし、奥さんとの関係次第です」
   途方もない預言に戸惑いが走った。今の経済的苦境を見れば、リップサービスとしか思えなかった。
   一体どんな手立てがあるというのか。魔法でも起こしてくれるというのか。巫山はバガヴァンの顔をまじまじと見つめていた。
   「あなたは奥さんを愛していません」
   不意を付かれたかのように巫山の目ん玉の白黒が入れ替わった。すぐに来し方をあれこれと自省してみたが、そんなことはない。精一杯やっているつもりだと、内なる声が反駁する。あれから六年あまりが経った。相変わらず貧乏会社のままである。

  シャバ・アーサナになる。
  「今すぐ私の願いを叶えてください」
  アンマとバガヴァンがどうも引いたような感じがした。
  「一〇億円では余りにも無謀な数字だ、一億円にした方が-----」との想いがずっと心の片隅にあった。
  巫山の心底には一億円というイメージがずっと浮かんでいる。
  「アンマ、バガヴァン一億円でもいいですよ」
   OKでもあり、そうでもないようでもあった。マインドの成せる業(わざ)なのか本当に承諾してくれたのか、の判別が曖昧だった。
  ダーサジーアガスティヤル「予め設定をしておくと、マインドがそう言っているのかそうでないのかがよく分かります」
   たとえば「OKの場合は明るい光がやって来る、NOの場合は暗い光がやって来る」
  「OKの場合はバガヴァンが右手を挙げる」
   暖かい明るい光がやって来て、何度もバガヴァンがほいほいと右手を挙げた。
   巫山「本当かなあ、今夜部屋でもう一度チャレンジして確認せねば」。

薬師仏がやって来た

おん ころころ せんだり まとうぎ そーわか。

願我來世得阿耨多羅三藐三菩提時。
自身光明熾然。
照曜無量無數無邊世界。
以三十二大丈夫相八十隨好莊嚴其身。
令一切有情如我無異(藥師琉璃光如來本願功徳經)。

 

 テントの中では八〇余人の受講生たちが最後のディクシャをいまか今かと待ち望んでいた。
インドへ着いたばかりの時はあと何日あるのかと指折り数えていたものだ。
「それでは、ディクシャを始める前にもう一度おさらいします」ダーサジーミナクシーは分厚い眼鏡越しに一同を一瞥し透き通る声で言った。
「みなさんも宇宙もすべてプロセスだということは理解できましたね。みなさんはエンプテイ(空)であり、マヤ(幻影)であり、イリュージョン(錯覚)なの です。宇宙もまたエンプティであり、マヤであり、イリュージョンです。宇宙は神の愛、ヴィシュヌマヤともいわれております。みなさん、エンプテイになりま したか。準備はできておりますね。みなさんは六回目のディクシャでそのことを体験されましたね」
 念を押すように最後の「体験されましたね」とい う言葉を強調しながらダーサジーは、眼鏡を外し額を拭った。巫山はそのディクシャのあと不覚にも寝てしまったのだ。何も覚えていない。気持ちよく寝てし まったのだ。起きてからすぐは大いに悔やんだが、やがて「どうせ自分にはこの手のことには向いていないのだ」と半ばあきらめの気持ちがやってきた。
マインドがまた饒舌になってきた。「それ見たことか言わないこっちゃない。お前はそういうことにはからっきしダメなんだ。何年精神世界をやってきたんだ。 結果はメンタル・ブロックが増大したばかりではないか。未だにアストラル体すら見えないのじゃないか。すぐ東京へ帰って次の本でも出した方がいいぞ」

 巫山にも酒を断って修行した時期もあった。アジュナー・チャクラを開くため、夜毎眉間に意識を集中しそこで完全呼吸法をやって真っ赤に腫らしたこともあっ た。額から頭部にかけてだんだんと膨張し、肉体のラインが消えていった。呼吸を遠くに飛ばすたびに腫れが強くなっていった。腫れがひくと小さな穴ができ た。
「よしー、アストラル界を見てやるぞ」とピッタリと瞼を閉じるが、一向にアストラル波動は映らない。依然として松果体はご健在だ。幾度となくトライしたが、結果はいつも同じだった。世人と同じように睡眠時のみアストラル界に透入できるのだった。

 第一次黄金時代、人間は第三の眼、THIRD EYEで世界を見ていた。つまり事象の本質を、物質世界をちょうど操り人形のように自在に操っている【モノ】を見ていたのだ。
花火大会のショウごとく噴火していた火山が休止し、流れ出た溶岩が冷えて地核が固まるとともに、松果体が全身に拡散して肉眼が形成され始めた。やがて雌雄 の分離が始まった。こうして第一次黄金時代は終わりを告げ、地球は鉄の時代に突入した。これが今日見る地球の姿である。末法の世である。

 神智学によると、新しい時代にはそれを担う新しい大陸と新しい人種の出現があるといわれている。レミゥリア大陸には第三根人種が、アトランティス大陸には 第四根人種が新しい文明を担っていた。このことをアンマとバガヴァンはどう考えているのだろうか。悟りによって新しい人種を創り出す積もりだろうか。しか し、ディクシャをやる側も受ける側も旧来の人間ではないか。さらに新しい大陸はどこなのか、天変地異によって新しい大陸が隆起するのだろうか。雌雄の分離 は止揚されて、人間は再び両性具有者になるのだろうか。アンマとバガヴァンという夫婦のアヴァターがその象徴なのだろうか。古来、アヴァターは単体(一 人)で顕れるのを常としていた。ラマナもそうであったし、仏陀もイエスもまた然りである。こうして概念がまたとどめもなく流れ出した。

 講義が続いている。
「悟りとは苦しみからの解放です。苦しみは心のあれこれの状態ではありません。瞑想状態だから、行を積んだからといって苦しみがなくなるわけではありませ ん。自分が在るから苦しみがあるのです。苦しみの原因はあなたに他ならないのです。あなたが苦しみなのです。みなさんの周りで『わたしは光だ』と得意げに 触れ回っている人たちをよく見かけませんか。わたしはこう言ってやります。『光ですって、冗談は言わないでください。あなたは肥溜めであり、汚物そのもの です。汚物を性懲りもなくあとからあとから振りまいているだけです』と。
みなさんという存在が悟るわけではありません。悟りとはみなさんが完全になくなることです」
そしてこのことは
「『わたしの体はわたしの体ではありません』
『私の考えは私の考えではありません』
『私というものはありません』という三つのテーゼに集約されます」 

 いよいよその締め括りがやって来た。
「これから高次の存在者、ハイアー・ビーイングの降臨のためのディクシャをチャクラ・ディアーナの後行いますが、みなさんが日頃親しんでいる神様を選んで下さい。降臨したらみなさんがそれに溶解して導いてくれるよう、アンマとバガヴァンに祈って下さい」
「人はサーダナや瞑想で悟るを得ることはできません。神を発見することもできません。悟りとは与えられるものです。神の恩寵のみがそれを可能にします。みなさんの側ではなにもできませんし、なにもすることはありません。ただひたすら頭を差し出すだけです。
ラマナにはアルナーチャラ、つまりシヴア神が降臨しました。クリシュナムリティにはマイトレーヤが降臨しました。ただし半分ですが。彼らは降臨してから神について、悟りについて語り始めました。その逆ではありません。また自分でそうなったわけではありません」
「ええと、それからカルキにはシヴア神とビシュヌ神が降臨しています」
 ダーサジーミナクシーは一気にしゃべった。
 ティルヴァンナーマライの街が巫山の脳裏に浮かんだ。そういえば、初めてインドに足を踏み込んだのはラマナ協会のツアーであった。それから何度も渡印し、 よくチェンナイのエグモール駅近くの安宿に投宿したが、なぜかいつも南インドで旅は終わっている。今なお北インドは未踏の地である。
 ラマナアシュラムに参拝すると、無料の食事券が二枚、朝食と夕食の分が配布されたものだった。巫山は後ろに人の気配を感じてひょいと振り返ると、インド人の子供の大きな黒眼があった。食券をじっと穴の空くほど眺めている。
「ハハーン、あの子は朝から何も喰っていないのか」
 食券を二枚渡すと、ニッコとして駆けて行った。当時はアシュラムの周りには乞食がゴロゴロしていた。アシュラムの飯のメシのうまかったこと、定石通りバナ ナの葉っぱの上に乗っかっていたな。バケツからスープも注いでもらった。アルナーチャラに登った日のこと、ニセ行者にルピーをふんだくられたこと、柳田先 生にガイドされてアルナーチャラを一周したことなどが想い出された。先生は三年前、アルナーチャラに逝かれた。膵臓癌であった。京都・嵯峨野のご自宅にお 亡くなりになる一年前に伺った時の情景が今なお頭にこびり付いている。退院されたばかりで病衣を纏われいた。
 アルナーチャラは、緑化運動のせいで似て非なる姿に成ってしまっている。しかし、裏山は健在である。樹木の疎らな浅間高原が額縁に入っているようだった。のんびりと牛が葉を噛んでいた。

 昨夜、巫山の左胸に白くチカッと光る小さな蛍のような物体が二つ入った。
巫山は「降臨する」との言葉にとらわれ、意識を上方にあげてひたすら待っていたが、待てど暮らせど高次の存在者は一向に降りてこない。何度もアンマとバガヴァンに懇願したが、依然として高次の存在者の降下はない。
「本当に降りてくるかね」
「自分はそういうことからいつも疎外されているんだ」
巫山の自虐意識が頭を持ち上げる。
 そんなマインドの葛藤に悩みながらも、巫山はふと「ハートに降下する」ということを思い出した。意識を胸部に集中すると、なんと白く光る小さな二つの物体が、まるで蛍のような小さな物体が見えるではないか。だが、巫山はそこでまたも概念にとらわれる。
「彼らは具体的な姿形をとって降下するに違いない」と。よほどメンタル・ブロックが強いらしい。
それらが高次の存在者であるか否か、アンマとバガヴァンに何回も何回も借問するが、運とも寸とも答えてくれない。
「また体験がないや」
いつものようにマインドが騒ぎ出す。
「みなさん、どんな神様を選びましたか、降臨しましたか、素晴らしいですね、体験を話してください」
ダーサジーアガスティヤルのタミル語をナンディ氏がインド人特有のアクセントのある日本語で通訳する。
 巫山に体験をしゃべる順番が最後に回ってきた。
「わたしは薬師仏と役行者を選びましたが、体験がありません。なんか白くチカッと光る小さな蛍みたいなものが胸に入っていますが」
「それが高次の存在者です。蛍ではないです。高次の存在者の姿は誰も知りません。本に載っているのはウソです」
巫山の顔がぱっとほころびる。さっきの投げやりの態度は何処吹く風だ。
「オーム、サッーチナンダ、パラアートマー、シュリヴァガバティ、サメーター----」 アンマとバガヴァンにお祈りを捧げる。
「それでは簡単な瞑想を行います。からだを動かさないでください」
ひと夜明けて、胸中の二つの物体がどんどん大きくなって膨らんでいく。まるで湯たんぽが入っているようだ。やがて、大きな天道虫のように膨張した。
「はい、ゆっくりと目を開けてください。それではチャクラ・ディアーナを今から始めます」
「ランーん、ランーん、ハンーん、アーオウームー----、オーゴン、サッチャム、オォームー----」
「七つのチャクラに意識を集中してください。金色の蛇が螺旋を描いて上がるのをイメージしてください」

「結節を破砕しなくてもクンダリニーは上がるのかな」昔ヨガで習ったことが頭をよぎる。
チャクラ・ディアーナが三〇分ほどで終わる。
巫山の胸部に巨大な脚がに出現して胸からはみ出る。意識がぐるぐると廻る。
「シャヴァ・アーサナで休んでください。ガイドが順番にディクシャの所に連れて行きますから」

ウフフ、ワッハッハ、オホホ,キキキ、笑い声と奇妙な叫び声が交差する。ディクシャが始まった。
首をかかれるかの如く一度に十数人の頭がとズラッと差し出されている。エネルギーを満タンにされたダーサジーたちがそれらの頭に順次手を置き手際よく捌いてゆく。
シャルマン、シャルマン---とバックグランドがシャヴァ・アーサナを撫でていく。 

 ディクシャ後、巨大な脚が消え、突如薄いヴェールのような雲に乗って薬師仏が、胸部の周りをグルグルと廻周しながらラジコンの飛行機のように幾度ともなく 飛来した。しばし、驚愕の想いにとらわれ、意識を研ぎ澄ましてじっと見やっていたが、消えたら最後、との想いが過ぎり、急いですうっと胸中に招き入れた。 それから長い時間(たぶん五分ぐらい)が経ち、眼前に大きな筆箱が出現した。バカッと口が開いたかと思うと、茶色の丸薬がだだっと落下し、両手にそれを 握っていた。
 試しに丸薬を口に入れようとしたが、なかなか入らず右横に流れてしまい、長方形の箱のような筒状の物が現れ、それに入っていった。そして手の平の丸薬が跡形もなく消えてしまっていた。
二〇〇四年十二月二十一日、インドでの夜半のことであった。こうして巫山の探求の旅は終わった。

悟りまであと六カ月かかります(バガヴァン) 

五感の解放

  バガヴァンsay「悟りとは五感の解放です。あなたがたは見ていないのです。見ている振りをしているだけです。
  見ていれば、日常の些細な出来事にも歓びが湧き上がってきます」。
   ムーラ・マントラを詠唱えているときでさえ、他の諸々の雑事が、想念が沸々と湧きだして来る。努めてからだを前後に揺すりながら詠唱するようにしている。「悟りは山の彼方の空遠く」、溜息がふうっと義歯の間から漏れる。巫山の朝のお務めの情景である。
  巫山の歯は、歯槽膿漏のために半分成仏してしまっている。歯に恐ろしいカルマがやって来たのだ。
  人の顔を見るよりつい歯に眼がいっていまう悪しき習性がいつ頃からついたのであろうか。ダルシャンでもついバガヴァンの歯に目がいってしまう。バガヴァンの歯を見て一安心したことを想い出す。
  不埒にも「バガヴァン、今すぐ歯を生やして下さい」とワラディクシャで叫んでしまった。
  巫山「OKだったら右手を挙げて下さい」
  バガヴァンがすかさず右手を挙げる。
  巫山「OKだったら明るい光を送って下さい」
  明るい光が直ぐさまやって来た。
  だが、巫山の歯は今も元通りのままで、何も変わっていない。  

  バガヴァンから最後のダルシャンでコメントをもらう。
  巫山「からだの中は空(エンプテイ)ですが、頭だけが残っている感じがします」
  バガヴァン「悟りまであと六カ月かかります」

四輪駆動の横転

  巫山の運転する四輪駆動が道路標識に激突して横転したのは、帰国して間もない2005年元旦の夜中二時頃、真鶴道路あるカーヴであった。毎年恒例の来宮神 社参拝の帰りであった。この日の午後、横浜で用を済まし、国道一号線に出ようとすると、何者かが妨害しているかのように、なぜか横浜からなかなか抜け出ら れず、車は何回となく山下公園辺りをグルグル廻わっていた。助手席の木内は「また呪詛が来て胸が詰まって気分が悪い」と言ってずっと眼をつぶっている。
  何年か前、或る出来事を知ってから頻繁に呪詛が飛んで来るようになった。呪詛は心臓をめがけて狙撃兵の如く正確に飛んで来る。今も巫山の頭に呪詛の忌まわ しい日々がクッキリとこびり付いている。何度呪詛返しのマントラを唱えたことか、今思えば何と詰まらぬことをやっていたのかと後悔が先に立つが、その当時 は防戦に大わらわであった。「人を呪えば穴二つ」、この世界には悪徳の花が零れんばかりに横溢している。アトランティスの黒き顔の主オドゥアルパ (Oduarpa)は、あなたの隣に転生しているかもしれない。
  車はようやくにして横浜を抜け出し国道一号線に乗って、西湘バイパスをから135号線を下り、熱海の街を抜けガードを潜ると来宮神社が指間に見えてくる。大晦日の参拝をすまし、大楠を右周りに廻ってお神籤を引く。いつも大吉だ。大吉は大凶に通ず。大極図である。

  巫山の意識が一瞬途絶えた。こんなことはかつて一度もなかった。人為的なものなのか、プロセスなのか、気が付いたら天と地が逆さまになっていた。エンジン から白い煙が吹き出し、窓ガラスの破片で手が血に染まっている。しかし、シートベルトは外れることなく、眼鏡も落ちずにそのままである。バガヴァンのテー プが勢いよく鳴っている。一生懸命下方を見廻して出口を探したがなかなか見つからない。それもそのはずである、横転して天と地が逆さまなのだ。木内が大声 で助けを呼んでいる。何台か車が停まった。ようやく後部のハッチが開いていることに気づき、そこから脱出する。寒気と事故のせいでからだがブルブル震え る。誰かが熱い缶コーヒーを買ってきてくれた。少したってパトカーと救急車がやって来た。血止めの包帯を手掌に巻かれて救急車に坐る。車内から運転席を見 ると赤いランプがグルグルと回っている。小田原の××救急病院の当直医は、手掌に刺さったガラスの破片をざっと抜き取り、アルコールで消毒し、頭部と胸部 のレントゲン写真を撮った。何処も打撲や骨折の異常はなかった。治療が終えると、待ちかまえていた神奈川県警による調書づくりが始まった。
  小田原署員「なぜ道路標識にぶつかったのですか」
  巫山「道路が凍結していて車がスリップしたんです」
  実際、その日は寒気が強く、高速道路は凍て付き軒並み通行止めになっていた。「意識が一瞬途絶えました」と言っても信用されないのがオチである。
  巫山は左手掌の掠り傷、木内は胸を少し打っただけで大した怪我もなく助かった。バガヴァンの恩寵であった。むろん車はおシャカである。
  タクシーを呼んで小田原駅に行き、急行に乗る。座間あたりから薄い雲のヴェールが黄色に染まり、橙色の太陽が少しずつ雲から顔を出す。車窓から二人して何とはなしに眺めていた。二〇〇五年元日の日の出であった。
  カルマ落としが終わったとそのとき思ったが、今ではワラディクシャだったと、何とはなしに巫山は感じている。

ワラディクシャがやって来た

 水曜日の早朝ディクシャはもうかれこれ二年以上続いている。お出かけ前のディクシャであったものがいつの間にかサンカルパ的なディクシャに変わっていったのは必然であった。
  「ディクシャ・バガヴァン、××さんのガンを今すぐ治してください」頭に手を当てながら毎回祈る。自然療法をに見切りをつけ、止む得ず病院の門を叩いていった方、今なお西洋医学を拒否して、痛みに耐えかねている方の姿が目に浮かんでくる。
  「恩寵はないのか」と巫山は大声で叫びたくなる
  ディクシャでなぜガンを治せないのか、バガヴァンの話では奇跡が起こって何人もの人たちの難病が完治していると言うではないか。巫山という器では治せない ということなのか、己がヒーリングをやらないからなのか、やれば良くなるのか、そんな能力があるのか、またしても禅問答が続く。こうして櫛の歯が欠けるよ うにひとり一人ディクシャから抜けていく。
  そうこうしているうちにワラディクシャがやって来た。六月二日の深夜、木内の母親が脳梗塞で風呂場で 倒れ、意識を失う。明日からリハビリですという嘘の情報を聞かされる。顔が土気色で生命が危ない。医師の診立てでは、右脳の七〇%がやられおり恢復が難し いとのことだった。帰り際、頭部にさっと触れるとハアーといってからだが反応する。「ディクシャは効く」、巫山はとっさにそう感じた。
  朝夕、僅かな面会時間のなか、集中治療室で木内と二人してヒーリング・ディクシャを行う。四、五日たった明け方、巫山の頭の中を火花が一瞬走る。鍛冶屋のあれである。「治った」。やがて一般病棟に移り、点滴から流動食に変わったが、意識はまだ戻っていない。
  二度目がやって来た。運転する巫山の目が痛くて開けられない。目を何度も擦る。病床で本人の目が開いていた。

  悟りの六カ月はとうに過ぎていた。あれからもう随分月日がたったが、巫山には悟ったという気配が一向にしない。マインドは相変わらず活発だし、自他の壁は厚い。
  ハイアー・ビーイングの降臨があってもなにゆえ悟らないのか。ラマナにシヴア神が降臨し、巫山には薬師佛が降臨したが、なぜこんなに違うのか。降臨は単な る神降ろしに過ぎなかったのか。なにゆえ薬師佛に自己が溶解しないのか。神秘体験と悟りは全く関係がないものなのか。またしても禅問答が果てしなく続く。
  「こんなことはインド人にとってはお茶の子さいさいさ。意識を操作すればいいことだ」という声が外野から聞こえてくる。

役行者と孫悟空=ハルマーンもやって来た

おん ぎゃくぎゃく えんのうばそく あらんきゃ そーわか

  役君小角伊豆島ニ流サル。初メ小角葛木山ニ住シ呪術ヲ以テ外ニ称サル、従五 位下韓国連廣足初メ師ト為ス、後其ノ能ヲ害イ、讒スルニ妖惑ヲ以テス。故ニ遠処ニ配ス、世ノ相伝ニ言ク、小角能ク鬼神ヲ役使シ、水ヲ汲ミ薪ヲ採セ、若シ命 ヲ用イザレバ即チ呪ヲ以テ之ヲ縛ス(『続日本紀』)。

  【高次の存在者】が大きく膨らんでまるで湯たんぽが左胸に入っているようだ。、そ の湯たんぽから巨大な脚が出現し、やがて意識がぐるぐると廻る。意識が上方に持ち上がり、ちょうど天界から下界を眺めているような感覚になり、豆粒のよう な役行者が下界に現れた。小さな社の横を豆粒のような役行者が歩いていくのが見えた。
  「白山神社かな、いや違うな」
  そんなことを考えている内に巨大な杉並木の参道が現れ、木々の間から役の行者の姿が見えてきた。
  「あっ、鹿島神宮か」
  その御容(かんばせ)を拝見しようとしたが、まるで分からない。なんせ御容(かんばせ)そのものが見えないのだ。そうこうしているうちに場面は暗転し、孫悟空が雲に乗ってやって来て胸中にすうーと入った。
  「何故、孫悟空なのか」、選定せざる客であり、予期せざる客であった。
  「『西遊記』か、次は沙悟浄が来るのか」
  巫山は一抹の不安に襲われた。もっと皆のように最高位、マイトレーヤとかブッダを選定しておけばよかった、とマインドが頭の中を疾風の如く駆け抜ける。
   寒くなってきたので、シャツを一枚はおり、再びシャバアーサナに入ったが、別段新たな映像は現れず、またも寝入ってしまった。目を覚ますと、巨大な足の裏が左胸中に横たわり、また左胸が湯たんぽみたいに大きくなっている。
  孫悟空=ハルマーンがやって来たからなのか、役行者が少し拗ねているように思われた。もっと彼らと対話をしなければならない、巫山はそう思い込んだ。
  薬師仏にもう一度丸薬をいただこうと意識を研ぎ澄ましたが、丸薬は現れずそのうちまたまた寝入ってしまった。
  十二月二十三日午後、いつものグループミーティングが始まった。左胸に入っていた二つの白く光る物体が、大きくなって胸いっぱいに広がった。臍には大きな丸薬が一つある。
   巫山「孫悟空=ハルマーンが勝手にやって来たのですが」
  ダーサジー「あなたは自宅に不意のお客さんが訪れたとき、追い払いますか。『どうぞお上がりなさってお茶でもいかがですか、と言うでしょう』それと同じです」
  「孫悟空=ハルマーンはお猿さんではなく、ガネーシャが象であるように凄いパワーを持った神様です」
   巫山はダーサジーアガスティヤルにまたも助けられた。
  身体が薄くなっている感じがする。せっかく透入された【高次の存在者方】がハートからすっかりいなくなっていた。
  アンマとバガヴァンも影が薄くなっている。
  「どうしよう、最初からやり直しか」
  またどーっと落ち込んでしまった。
  「急いでもう一度胸中に入れなければ」
  焦る心を抑えながら、ふうっとひと呼吸して心を静謐に保ち、シュリムルティを胸において【高次の存在者方】がもう一度胸中に入ってくるように、ひたすらアンマとバガヴァンにお願いした。
  やっと寝入ったのは夜中の二時すぎであった。
  翌朝、彼らは元通りの姿で胸に戻っていた。アンマとバガヴァンもいる。
  やれやれ一安心だ。ふうっと安堵の息が漏れる。助かったのだ。
  ダーサジー「あなたの癖です」。

ワラディクシャの真義

 巫山は近々ブログにワラディクシャの真義なるものを書こうと思っている。以下のような内容である。

  バヴァガバンは「神は友達である」と定義しているように、神をパーソナルなものとして措定することによって、神と人間との形而上的関係性に血と肉を付け加えたのである。このことによってワラディクシャは成立している。
  ワラディクシャは願望成就のディクシヤといわれているのは周知である。
  「皆さんの願いを叶えなければ、皆さんは私たちの所には来ないでしょう」(バヴァガバン)と表立てて述べているが、人間が己の赤裸々な物質的願望を神に希 求し、それに神が応えるというワラディクシャは、キリスト教をはじめとする従来の神学からすれば、神への冒涜以外の何ものでもない。まさしくコペルニクス 的転換が図られたのであった。
  このような転換の背後に秘匿された真実とは一体如何なるものであろうか。それは、「あなたの考えがあなたの考えで ないように」、「あなたは存在するが、存在しないように」と同様に「神は友達であるが、友達でない」ということである。このことは裁きの神、慈悲の神を超 えて、神が下降して人間と同じレベル(で考えるように)なったということではなく、神と人間がワンネスであるという事実を意味する。従って、あなたの心口 意の三業は否応なく天の大鏡に映し出されることになる。
  体験は往々にして個人を喜ばせるようにしてやって来るが、ワラディクシャは、人間のカルマと対になってやって来る。その人間のカルマを捕獲し、引っ剥がし、河原に晒し首を吊すかのようにしてやって来る。
  例えば子供の学資資金がなく、×××××××円を希求したところ、交通事故にあって保険金から希望どおりのお金が支払われた、五月蠅い両親から自由になり たいと願ったところ、両親が立て続けに亡くなった、子宝を授かったが、身内の誰かが亡くなった、病気祈願をしたところ、自分は恢復したが家族が病気になっ た、というようなおぞましい成就はワラディクシャではあり得ないといわれているが、果たしてそうであろうか。巫山はワラディクシャにカルマがべったりと憑 依してやって来るのをずーっと見ている。
  すべてのディクシャは究極的にはワラディクシャであり、ワラディクシャはカルマディクシャである。難病もまたワラディクシャである………。
  物議を醸(かも)しそうだ。どうやらこの辺で筆を置いた方が無難らしい。

アンマとバガヴァンが入ってくる

 四年前の十月、サティア・ローカのサラスヴァティー・ダーサジーのところで、胸に入れてもらったときはもっと静かに入ってきたものだ。
  巫山と木内は仕事の都合でインドに一日遅れでサティア・ローカ着くことになった。
  そのため修養会には参加できず、スエーデン人との合同修養会を横目に見ながら丸一日ゴールデンロックの前に坐していた。巫山の心中は穏やかではなかった。
  「なぜこんなに長く待たせるのか、いつ修養会に参加できるのか、ひょっとすると参加できないのかもしれない」と、ずっとマインドの葛藤が続いていた。
  特訓が始まったのは翌早朝、サラスヴァティー・ダーサジーの居所であった。
  「オーム、サチナンダ、パラアートマー、シュリヴアガバティ、サメーター----」
  シュルムリティを前にダーサジーが謳う。
  午後の陽が長い足を伸ばして部屋いっぱいにヴェールをかける。
  ミニコンポから流れるせせらぎの音、森を吹き抜ける風の音、寂とした旋律の流れが目覚めと眠りの敷居を外す。
  「寝ちゃあだめですよ」
  天界を彷徨う意識が地上に降りてふと眠りが途切れる。
  毎朝三時起きのセッションがずっと続いている。正直言って眠い。それに、土間にマットを引いて毛布をほっかぶりするだけの寝所は寒くてぐっすり眠れないのだ。裸電球が時々停電する昔の小学校の廃校跡である。隣でナンディ氏が高鼾をかいて寝入っている。慣れたものだ。
  ダーサジー「入ったでしょ」「ほら、胸が重くなったでしょ」
  「そういえば、重くなった感じがする」
  「やあ、本当だ重いわ」
  巫山と木内はお互い確かめるように顔を見合わせた。
  巫山は胸中のアンマとバガヴァンが前向きがいいのか、それとも後ろ向きがいいのか、
  ひっくり返したり、また戻したりしていじくり回していた。迷いは今も続いている。

  ダーサジー「人間関係、まず両親との関係をちゃんとすることが悟りの根本ですからね」
  「次に家族関係です」
  巫山「両親がすでに亡くなってしまっているのですが」
  ダーサジー「そういう場合は生前の両親のことを想い出してください。親を憎んでいたらだめですよ」
  「親の身になって考えることです。親が悪いのではありません」
  「親に許しを乞うてください」
  巫山「でも、うちの親父は家族の意見なんぞ全然聞かない専制君主で、黒を白と平然と言いくるめ、気に入らないと暴力を振るうんです。何回も家出をしました」
  巫山は憮然とした顔でダーサジーを見つめる。
  「これではプライバシーもくそもあったもんじゃない。なんで家族のことまで話さなきゃあならないんだ」
  「しかし、親父にもいろいろな事情が、理由があったはずだ」頭の中を相反する想念が飛び交う。
  それからというもの、巫山は仏壇の親父に向かって手を合わせるようになった。
  「親父もいろいろ大変だっただろうな、すまなかったなあ」
  しかし、親父の方が今でも巫山をいまだに許していないような気がする。
  二年ぐらい前に親孝行の積もりで親父の腕時計を嵌めたとき、からだが異常に疲れて体調が悪くなったのを覚えている。
  慌てて腕時計を仏壇にお返した。腕時計は今も幸せそうに親父の遺影の前で時を刻んでいる。

バヴァガバンの恩寵

 「あなた方に恩寵があります」とバガヴァンが仰っていますと、ダーサジーアガスティヤルがあたかも預言者のごとく訓れた。「ああ、日本に帰ってから恩寵があるんだ」と、誰もがそう思った。
  こうして二〇〇四年十二月のエンライトメント二十一日間のコースが終わった。予定されていたチェンナイ観光はなぜかなかった。
  チェンナイ空港を定刻通り夜中の十一時に発ったマレーシア航空は、遅れることなくクアランプール空港に着いたが、成田行きは機体整備のためという理由で五 時間以上も足止めを喰らった。「スマトラ沖地震・津波」の惨劇が忍び寄っていたのである。二十五日の夜中一〇時に成田空港に到着し、足がないのでそのまま 空港会社の手配のホテルに一泊することになった。惨劇はスマトラから南インドへと広範囲にわたって広がっていた。
  その日、「岡島ヨガ」の知人は スリランカで津波に呑まれて探求の旅にピリオドを打たされた。彼女は異国の海で何を見たのであろうか。深い安堵感に包まれたのであろうか。半月ほどたって ご遺体が帰ってきた。水膨れもなく顔はきれいだったと、ご家族が法要の席でぽつりと言った。
  「本当は行きたくなかったんですよ、お袋は、ずっと原因不明の病気で頭が痛い痛いと言っていましたから。参加者が少ないからどうしても、ということで参加したんです。それに間際になってスーツケースの鍵をなくしてどうしようかと思い悩んでいたんです」。

  ほどなく実行委員会ができ、四月五日「スマトラ沖地震・津波百日鎮魂祭」が豊島区民センターで催された。思ったよりたくさんの方々が参集して下さった。数 知れぬ死者の魂が大わだつみに浮かんでいる。どうすれば死者とのワンネスが可能なのか、鎮魂の舞踊とともにディクシャを試みた。これが巫山にとって初めて のディクシャであった。

  五月に入り、ディクシャの杜という名でディクシャが始まった。二度目かのディクシャであった。受講者の女性から 「微熱を伴った下痢が一〇日以上も続いていて買い物も何もできないのです。これでも浄化ですか」という苦情の電話があった。巫山は慌てた。木内は逃げてい る。いつだって彼女は逃げるのが得意だ。
  「明日の朝一〇時に来て下さい、ケアをしますから」と言って電話を切った。
  「一体何をどうすればいいのか、バガヴァンがやったことではないか」巫山の禅問答は一日中続く。
  翌朝「バガヴァン、プロセスの進行を緩めて下さい」とブツブツ言いながら、お腹に手を当てたり下痢止めのツボなどを押圧した。
  「すっかり治りました」と翌日電話があった。巫山はほっとしたが、反面そんなものなのかなあ、と思った。

マンゴーの木の下で

 木内「席を取っておくからもらってきて、それからマンゴーも忘れないでね」
  いつものとおり、お粥を主体にミルク、ドーサ、幾種類かのサンバルをステンレスの皿に盛ってマンゴーの木の下で食する。遅い夕食である。マンゴーの木の葉がカサカサと風に鳴り二、三枚ヒラヒラとテーブルの上に落ちてくる。
  何処からもなく「ねえ、どうだった、体験あった?」「全然ないの、どうしようかしら」
  「なんたってご飯だけが楽しみよね」
  ため息に似た呟きが夜半の風に乗って流れてくる。
  「沈黙してください」
  食堂のドアの貼り紙が剥がれそうになってパタパタと風に煽られている。

  「おっとマンゴーを忘れた」、巫山は急いでキッチンから三ついただいてくる。小ぶりのマンゴーだ。一〇〇本近くのマンゴーの木が林立するここワンネス・ユニヴァーシティは、季節になると、たくさんのマンゴーの実がぶら下がってマンゴー畑に様変わりする。壮観そのものだ。
  マンゴーの木にじっと耳を当てると、人々の哀感がどーっという幹の貫流の音に混じって幽かに聞こえてくる。哀切がマンゴーを夕陽のように赤く染め上げる。
  マラーヤラム文学の旗手・ヴァイコム・M・バシールの短編『幼なじみ』の情景が浮かんでくる。
  でっかいマンゴーを探すマージドと木の下で悪態をつきながら収穫を待つスフラの淡い恋物語。そう、マンゴーにはたくさんの人生が詰まっている。

  雨期にもかかわらず、今夜も宝石を鏤めたように星々のイルミネーションが垂れ下がっている。ひときわ光輝を発している南十字星は今宵もまた生者を司っているのであろうか。
  「本当の生者は死者である」。『神智学大要』の何巻だっけ、仲里誠桔先生は今何処に? ふとそんな想いが頭をよぎる。
  マンゴーの木間に蛍の灯が点っている。手に取ると日本の源氏蛍のようだ。

  日本から持参した焼き海苔、粕漬け、梅干しをちょいとお粥に乗せ、サンバルといっしょに喰うのが実にうまい。それからお粥にヨーグルトを乗せて南インド定番のカードライスにして流し込む。
  巫山「ナンディさんとこの朝食のドーサはうまかったなあ。やっぱりチャパテイよりドーサだ」
  木内「そういえばハイウエイ食堂のドーサもおいしかったよね」
  ドーサは周知のように米を発酵させて作る。
  かのインド通のグルジー氏に言わせると、『チャラカ』の時代からドーサがあったそうだ。ドーサが古くからあったということは古くからインドには酒があったということになるし、当然酔っ払いがごまんと徘徊していたことになる、とグルジー氏は宣う。
  「そのうちアーユルヴェーダ研究会でインドの酒を復活させましょうか」

  南インドは米喰う人々である。麦や肉類を食さない。麦喰う人々は森や河川をゼニに換え、農作物、資源を戦争でぶんどって近代資本主義の担い手となった。
  太古、ヨーロッパは不毛な湿地帯であった。豊かなアフリカから追われそこに移り住んだのがいわゆる白人である。そこは麦作にお誂え向きの痩せた土地であった。
  水田の思想はワンネスである。森や河川とそして隣家とワンネスしなければ稲は育たないのだ。

バガヴァンのダルシャン

 「明日はバガヴァンのダルシャンです。正装していくように」
  総勢20人ばかりの日本人たちがそれぞれ装いを凝らして、真新しいクルタに着替えてバガヴァンを待った。砂塵を上げて小型のBMWが近づいてきた。バガヴァンがご到着されたのだ。
  「オーム、サチナンダ、パラアートマー、シュリヴアガバティ、サメーター----」
  マントラが暮れかかる闇を一瞬ぱっと照らし出す。
バガヴァン「あなた方のもっとも大きな望みを一つだけかなえてあげます。一番の望みを紙に書いてください」
  巫山はヒーラーのなり損ないであった。正真正銘のヒーラーに成れなかった悔しい想いを引きずっていた。
  ハリ−・エドワ−ズやマクドナル・ペインの遺影からエネルギーをもらいながら手を幾回もかざしてみたが、肝疾患や急性の消化器系疾患、子宮筋腫などをどうしても取ることができかった。いつも自分の非力に悩んでいた。
  結局の所、物理的治療に走らざるを得ず、経絡治療やキネシオロジー治療に落ち着くのだった。
  難病はアストラル体をコントロールできなければ治せない。大きな障壁が立ちはだかる。
  「治せないのは過去生で殺人鬼であったのでは」
  「アストラル体も見えないやつがどうしてアストラル体をコントロールできるんだ」
  「サード・アイが開かねば何も見えないだろう」
  「さてと、アジュナー・チャクラを開くには」
  こうして自問自答の無間地獄に墜ちてゆくのだった。
  そんなわけで巫山はいの一番ヒーラーと記したのだった。
  バガヴァンは紙片に想いを込めて書かれたみんなの望みを、あのギョロリとした目で見てからじっと黙想した。
  あれから五年の歳月が流れたが、巫山は未だにヒーラーのなり損ないのままでいる。

  アチャリア師「みなさん、何かほかに質問はありませんか」
  木内「カルキの本を出したいのですが、いつ頃がいいのですか」
  バガヴァンは大きな手を出して、指折りをゆっくり数えながら言った。
  「六月以降がいいでしょう」
  『黄金時代の光』はこうして翌年2001年の九月にアチャリア師の来日に合わせて刊行された。
  しかし、アチャリア師は来日できなかった。短期商用ビザが出なかったらしい。
  日本の場合、外国人の入国についてはさまざまな条件をクリアーしなければならない。特に初手は、尚更である。そんなわけで、お台場の会場は急遽、修養会兼出版記念会に様変わりし、巫山が版元として最後に演壇に上がった。
  「本日はお忙しい中、ご来場いただきましてありがとうございます」と、型どおりの挨拶をし、続いて「久し振りに徹夜をしました---。ところで、編集が終 わった途端、パソコンが立ち上がらなくなったのです。これは、黒色同胞団が出版を妨害しているわけですが、このような妨害にも関わらす、カルキ・ダルマの 運動は、燎原の火のように拡がっていきます」てなことをしゃべったのを想い出す。あの頃は善悪二元論に足をとられていたが、それにしてもそういう事態がよ くあったものだ。

  集会も終わり、三々五々みんなと混じって巫山も会場を出た。陽ははまだ明るかった。街は別世界のように人が溢れて動い ていた。何年前かサテァローカで、ハローと英語で花に挨拶を交わすと、首を振ってくれた体験を想い出し、試しに傍の花壇の花に挨拶をする。すると、花は頭 【こうべ】を下げてくれるではないか。巫山はうれしくなった。「俺もできるんじゃないか」と。ところが、家に帰ってやってみると、花は何の反応もしない。 知らん顔をしている。
  「つまりだな、結局の所カルキのエネルギーのお陰という奴さ。要するにお前はできないのだ」
  この頃日本でようやくカルキ・ダルマの運動がボツボツ始まったばかりであった(続く)。 

 

 
 
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